伊勢へ

 北海道のことを想い、岡山や尾道を往還しながらの日々の中、数年ぶりに伊勢を訪れることになった。
 雨のあがった立春の日は青めいて明るかった。五十鈴川の水底の石が澄んでよく見えた。

 伊勢というのは歴史を問うてみると不思議な土地で、精神的な意味では内地の中の内地ということになろうが、記された歴史においては、政治経済的に首都になったことも中心になったこともない。たしかに古代の生活が信仰の形でとどめられた伊勢という土地の心象は、内地的世界の心象のある部分に浸透しているのかも知れないが、伊勢は歴史以来ずっと、直接的に現世的な権力を動かす土地ではなかった。

 京都での学生時代、息詰まるたびに伊勢に向かうことが多かった。巨木の呼吸と、そして広大な海がひたひたと感じられることが開放感になっていたように思う。遠く紀伊山地を越えて、どこかひそやかにかくされたような地、熱をもった海の明るさに向き合う、海の入口のような地、折口信夫が「妣が国」を想うあの感覚は、伊勢もまた遠ざかりゆく土地であることを明かしている。

 ある時から斎宮の旅ということを考えることが多く、大来皇女や十市皇女のような、物悲しさを負った女性の、物寂しい旅路の伝承は、何か人間存在の運命の姿のように思われてならなかった。こうした流れ出て行く物寂しい歩みは、北海道に流れ出て行く人間ともつながりゆく。厳寒の中で声をあげる孤独と、海と山に飲み込まれてかすかな歌を口にする寂寥は、激しさ鋭さは異なっているようで、どこか奥底でわかりあうところがあるかもしれない。古代的精神と同じもの、それはいつ何時も文芸復興の理念になりうる。

(2024.2)