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羇旅

 ここにいても、何処かへ向かっている。絶えず次の地へ行こうとしている。そういう衝迫がいつも静かに満ちている人間がいて、だから目の前の光景はずっともの悲しく映りつづける。別れたいのではない、失いたいのではない、でも私はどうにもならず運...
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文芸誌『琴線』のこと

 二〇二三年の秋、自分のゼミ生と、文芸誌を発刊した。ゼミ生たちが『琴線』という名をつけた。やさしく繊細な精神から出てきた良い名だと思う。  同人誌というのは、純文学の理念ではとても大事な意味があって、対価のない純粋な創作の動機...
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伊勢へ

 北海道のことを想い、岡山や尾道を往還しながらの日々の中、数年ぶりに伊勢を訪れることになった。  雨のあがった立春の日は青めいて明るかった。五十鈴川の水底の石が澄んでよく見えた。  伊勢というのは歴史を問うてみると不思議な土...
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北の芸術

 凍原という言葉、凍土という言葉、寒帯林であるとか防風林であるとか、北の原野につらなる言葉は、絶えず北方の人間を惹きつける。それは南の人間がおそらくは感じるであろう薄暗い不安の言葉ではない。寒さは光であり、樹勢は律動であり、かがやく雪雲がも...
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有島の旅

 自分は、自分の感じ方にそむく文学というものを、認めてこなかった。他人が良いといくら言ってもうなずけなかった。これを受け入れなければ、現代、「文学の世界」では決して生きていけないよ、と助言されてもやはり受け入れられなかった。若い日にはもちろ...
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緒言

 五年ほど、まとまった何かを書いていなかった。書けなかった。言葉が自分から去っていったと言うより、自分自身の、文学というものへの疑義だった。生の経験が否応なく向き合わせた。文学というものの大半が、うそ寒いものに思えた。立派な顔をしていても、...